【自遊掌劇場】4年に1度の・・・

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「4年に1度の・・・」

2016.08.15
 
 その集会は4年に一度、七夕の夜に行われていた。織姫と彦星とは無関係のようで雨が降っても降らなくても、七夕の夜に彼らは集まった。八畳一間の僕の部屋には同じ顔をした面々がシングルベットをソファ替わりにして仲良く横に並んで座っていた。フローリングに体を丸めて座っている者もいた。
 17歳の僕は大人たちから叱責を受けていた。去年から吸い始めた煙草が原因だった。
「おい17歳、気付いていると思うけど前回はきていたのに、今回は69歳がきてない」
 集まったメンバーの中で一番恰幅が良くて、髪の毛に白髪が混じり始めている45歳の僕が言った。
「つまり、この4年間の行いに原因があるということだ。お前煙草なんか吸い始めやがって」
 ちょっとだけ痩せて、髪の毛の量が寂しくなっている53歳の僕が言った。
「煙草はやめろ。就職したあと、喫煙者ってことで不利益をこうむる。出世に響いた」
 33歳の僕が言ったあと、37歳の僕がうなずいた。二人はどちらが年上かわからないほど瓜二つだった。
「出世に響いたあと、結局やめるんだけど、やめるのに物凄い苦労した。だから、吸いはじめの今のうちにやめておけ」
 目の周りに皺が目立ち始めている41歳の僕がそう言った。
 部屋に集まったメンバーは4年刻みの僕の未来たちだった。未来の人間たちは、この先どんなことが起きるか、だいたいのことを知っている。だから、こうして4年に一度集まって、こんな場面ではこうすべきだ、ああすべきだ、と的確な助言をしてくれるのだ。
 4年に一度の集会で、僕たちはさまざまな情報を交換し、今後の人生をいかにうまくやっていくかを議論する。もちろん、正解はない。こうしたほうが良いかもしれないし、あるいは良くないかもしれない。そんな話をして、現在の時間軸を生きる自分は必死に頭に叩き込まなければならない。
 過去の自分は集会には現れない。なので、未来の僕たちは、必死になって現在の自分に向けて助言をするのだ。
「いいか、次の集会に69歳が出現しなかったらおまえのせいだからな17歳」
 顔の艶もよく健康的に日焼けした肌の29歳が言った。
 僕がこの4年間で健康に害のあるようなことをしただけで、69歳の自分は存在しなくなった。だが、猶予は4年ある。劇的に体によいことをすれば、さらにその先の未来の僕が集会に顔を出すこともありえるのだ。
 はじめてこの集会に参加したという記憶が残っている9歳の時に、年長者たちから苦手なピーマン、ニンジン、ブロッコリーを克服するように耳にタコができるほど言われて、実際に実行に移したら、その4年後には出席メンバーが四人も増えた。たったそれだけのことで、長生きすることが実証されたようなものだ。
 それ以来、集会での年長者たちの助言は守るようにしていた。
 健康に関する助言だけではない。
 今片思いしている同じクラスの笠原芳江に告白するのはやめておけ。なぜなら、付き合ったもののその冬に駆け落ちにも似た事件に巻き込まれて向こうの親に怒鳴り込まれるから。大学受験は滑り止めをもう一か所増やしておいたほうが絶対にいい。なぜなら、本命の大学には入れそうにないから。最初に買う車はマニュアル車にこだわらずオートマにしておけ。なぜなら、峠道で事故に合ってしばらく車に乗れなくなるから。仲間たちと行く卒業旅行の日取りに気をつけろ。なぜなら、その日飛行機トラブルで空港で立ち往生を余儀なくされるから。
 そういった、本当に細かなこれから起こりうる出来事を教えられた。
 ある種、運命に逆らっていることにもなるのだが、教えられた僕は、年長者の助言に従った。
 だからこそ17歳の僕は、いたずら半分で吸い始めた煙草はきっぱりやめたし、好きすぎて夜も眠れなかったのに笠原芳江には告白しなかったし、国立には行けないものだと最初から私立に重きを置いた大学受験はある意味うまくいったし、車好きな友達から影響を受けないように消極的な付き合いをし結局車は買わなかったし、空港で起きるトラブルは日程をずらしたため旅行先で知ることになった。
 そうやって4年の歳月が流れた。
 もちろん、この4年での俺の行いが反映されて、その先の未来も変わる。
 健康的に日焼けしていたはずの29歳のお腹が臨月の妊婦ではないかというぐらい飛び出していたり、目の周りに皺が目立っていたはずの41歳が皺ひとつなくパンパンにむくんだ顔をしていたり、髪の毛が薄くなっていた53歳にいたってはすっかり禿げ上がって頭を光らせていた。
 21歳の俺は、一方的に叱責を受けた。
 スキーで怪我をしてから運動をしなくなって太る。近所にできる小料理屋の女店主と仲良くなることによって夜間の飲食が増え太る。年長者たちは体型の変化に対して怒りをあらわにしていた。21歳から25歳の間の4年間がいかに体型に影響を及ぼしてくるかを説いた。
「最年長は57歳だ。回を重ねるごとに寿命が縮まってるな」
 25歳の俺が言った。25歳の俺はまだそれほど太ってはいない。
「病気だけじゃないからな。事故だってありうるんだ」
 最年長の57歳の俺は言った。57歳の顔色はすこぶるよさげだ。
 ここから4年間に起きる出来事を、年長者たちはこと細かに教えてくれた。就職、結婚、父親になる、家を建てる。どうやら、人生の一大イベントが集中的にやってくるようだった。
 ただ、今回は意見が対立していた。ここをこうしろああしろとこれまで通り不利益な出来事は避けていこうとする派と、これから起こりうるイベントは何一つ知らなくてもよいのではないかという論調とに意見が割れた。
 21歳の俺としては、どちらの意見もわからなくはなかった。痛い思いや辛い思いをするのを前もってわかっているのなら知っておいても損はないし、回避できるのならば回避したいという気持ちもわかる。逆に、イベントを回避していくということは、その先の未来すべてがかわってしまうということにもつながっている。
 たいていの人がそうであるように、これから起こりうることを何一つ知らないでいることが最も健全なような気もしないでもなかった。
 ただ、意見はまとまることはなく、21歳の俺は、これから起こりうることを知らされた。4年間だけではなく、その先にも起きうるとてつもない出来事なども知らされた。
「まあ、間違いだけは避けてくれ。オレたちは情報は与えている。判断するのは21歳、おまえの仕事だからな」
 45歳の俺が意味深にそう言った。
 俺は悩みながらもそれからの4年間を生き抜いた。前もって知らされていたようにちょっとは名の知れた企業に就職し、笑いのツボが一緒でとてもあたたかい性格の女性と結婚し、その後娘を持つ父親となった。家は建てなかったがローンを組んでマンションを買った。細かな出来事は自分で取捨選択し潰していった。スキーへは行かなかったが、近所にできた小料理屋には通った。
 そして4年はあっという間に過ぎた。
 出席したのは25歳の現在時間を生きる俺と、29歳の俺だけだった。
「で、どうしたい?」
 29歳の俺は言った。
「悩んできた結果、オレは未来のことなんか一ミリも知りたくないよ」
 25歳の俺が言うと、29歳は笑みを浮かべてうなずいた。
「そうだな。オレたちは間違っていた。運命に逆らっていた。抗うのはやめよう」
「自由に生きたいよ。ここは右に曲がっちゃだめ、左に曲がるんだとか、もう疲れたよ。自由にやらせてほしいよ。たとえ、この先、事故にあうとしてもね。それを知ってどうなるっていうんだ」
「そうだな。オレは、何も言わない」
 それから4年の歳月が流れた。
 私のマンションのリビングには入りきれないほどの人数が集まった。表情だけを見れば、みなそれぞれに言いたいことがたくさんありそうだったが、私は未来のことは一切話さないようにと釘をさしたし、年長者たちも何がベストかわかっているようでもあった。
 だからこそ私は、想像力をつまみに大好きな赤ワインを飲もう、と提案した。
 また4年後、元気な顔を見せ合えればそれでいいじゃないか。
 乾杯!

-了-

 
 
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