抜け落ちた図書室の記憶

書店といって思い出すのは、ショッピングセンターにあるような大型書店でもなければ、郊外にあるような中型書店でもなく、生まれ育った街にあった小さな小さな「しらかば書店」のことを思い浮かべる。コンビニ半分ほどのサイズの本当に小さい店だった。

自宅から歩いて五分でたどり着けるその店に、中学時代は暇さえあれば通っていたように思う。店の三分の一は漫画コーナーで、もう三分の一は小説で、残りの三分の一で雑誌や文房具という売り場の構成となっていた。当時から立ち読み厳禁で、長居すると店主のおばさんが「はたき」を持ってきておもむろに店内の掃除をはじめるのだ。要は買わないのならばさっさと出て行きなさい、という合図だ。

「しらかば書店」ではほとんどの客が雑誌の立ち読み、あるいは漫画の立ち読みをして、買わずに帰っていったような記憶がある。ヒビキ少年は五百円玉を握り締めて、書店の売上げには貢献していた。音楽雑誌を買ったし、新潮文庫の小説なんかを買っていたし、漫画も「しらかば書店」で予約して買っていた。

だが、店でちょっと立ち読みしようにも、中学二年生ぐらいになると、通称「しらかばのおばちゃん」から向けられる視線が、これまでのものと違ってきた。当時通っていた学校では、クラス二つ分ぐらいの生徒が一挙に補導されるぐらい、万引きがブームになっていた。恐らく誰かが捕まり芋づる式に二クラス分が補導されるに至ったのだと記憶している。ヒビキ少年は、万引きなどには一切かかわっていない。かかわるわけがない。

学校がそんな状況であることは当然「しらかばのおばちゃん」の耳にも入っていたのだと思う。気のせいか視線が痛い。万引きを警戒されているのがありありと伝わるのだ。被害妄想ともいえる。そうだきっと被害妄想だったとは思うし思いたい。しかし、店の角の奥にあるミラーを見やると、「しらかばのおばちゃん」とばっちり目があうのだ。当然、ショックだった。これまでもかなり売上に貢献しているつもりだったし、立ち読みはなるべくしないし、本を買わなくても店外のアイスを買って帰ってたいい客なのに。でも、おばちゃんにとっては、中学生はイコール万引きという目で見なければいけなかったのも、致し方ないことだったとは思う。。。

中学の頃は「バンドやろうぜ」や「ヤングギター」や、新潮文庫あたりの世界の名作や日本の名作なんかを買ってた。「しらかば書店」のしらかばが武者小路実篤の属していた白樺派からきているのではないかぐらいの知識は当時の自分にもあった。

このように、中学時代に通った書店は、事細かに覚えている。

逆に、まったく覚えていないのが中学校の図書室だ。これに関してはまったく記憶になくて、ひょっとしたら学校に図書室はなかったのではないかとさえ思えるのだ。小学校の時は、蔵書の貸し出しカードに全部自分の名前を書いてやろうと思っていたぐらいだった。(当時の貸し出しはバーコードではなく、氏名を貸し出しカードに記入するのだ)

高校の時の図書室も記憶にあるし、なんなら授業をサボって図書室にいても注意されなかったので(堕ちていくものにはご自由にどうぞな校風)、一日に一回は図書室にいた。木漏れ日の中、図書室でするうたた寝が気持ちよかったものだ。

図書室とは密接なかかわりがあるはずの、この私の記憶に中学校の図書室の記憶がないというのはこれはもはや事件に違いない。記憶どころか、学校の教室配置を思い出しても、何階にそれがあったかさえわからない。いつか姉妹に確認してみようと思うのだが、どうせ、図書室はあったに違いない。記憶にないのではなく、中学校生活では図書室を利用しなかったのだろう。

そう思えば、中学校生活はやはり特殊だった。人目を気にして生きていた。女子からモテたい一心ではなかっただろうか? サッカーに夢中になっている自分、を見てくれている誰か?のために一生懸命になっていなかったか。ちょいワルがモテる風潮だと勝手に思い込み、万引きするその他大勢たちよりワルいことをしていて、図書室に行く心の余裕と時間はなかったのだ。相考えると、中学校生活は本人たちにしかわからないぐらい、きっと大変なのだ。

中学時代の図書室の記憶はまったくない。
だが、「しらかば書店」のことははっきり覚えている。
あの頃から、いつもそばには、本があった。

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