自遊掌劇場

不定期掲載ショートショート。その名も「文筆響座 自遊掌劇場」。
 

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第四弾
「もしも、願いが叶うなら」(2018.01.30)

もしも、願いが叶うなら。
そんな歌いだしの曲があった。中学一年生の僕にとってはまだ難しい歌詞のように思う。
口には出せない願い。好きな人に会えない暮らし。あなたを想いながら過ごす週末。
好きな人を思い浮かべてみる。それは異性ではなく、ましてやクラスメイトではなく、両親の顔が浮かぶ。人気アイドルの顔もちらつくけれど、好きという感情とは違うようにも思う。
もしも、願いが叶うなら。
僕は何を願うだろうか。

そんな僕の手元に、願いが叶う、とされているノートがある。
ここに願いを書くと、願いが叶うらしい。
分厚いノートの最初のほうのページには有名な野球選手の名前が入っている。将来プロ野球選手になって首位打者になる。そう書かれている。
そのだいぶあとのページには、有名なサッカー選手の名前がある。プロサッカー選手になって海外でプレイする。そう書かれている。
他にもたくさんの願いが並んでいる。弁護士になる。医者になる。海外留学したい。イタリアに永住したい。娘の病気が治りますように。アイドルと結婚したい。
赤ペンで花丸が描かれているものは、願いが叶った証拠なのだろう。
ほとんどの願いごとに、花丸がつけられている。
大変よくできました、といわんばかりに。
イタリア永住のところにだけ、スペイン永住になったのは貴方の目標が変わったからですよ、と赤ペン添削の要領で書き加えられていた。
恐らく、みんな、願いを叶えたのだろう。このノートはそういうノートだ。

僕は何を願おうか。
将来の夢。
野球もサッカーも憧れるけれど、スポーツはあまり得意ではない。
弁護士も医者も憧れるけれど、勉強はあまり得意ではない。
将来何になりたいかなんて、中学一年生の僕にはまだわからない。
欲しいものはなんだろう。アイドルのプロマイド。アイドルのライブDVD。アイドルとお友達になるなんてのもいいな。ゲームソフト。タブレット。ゲーム機。
ゴールデンレトリバーなんかの大型犬を飼ってみたいという願望もあるにはある。
しかし、欲しいものが手に入ったからといって、はたして嬉しいだろうか。

もっと、今の僕に必要なものがあるような気がする。
そういえば、父と母が、最近よく喧嘩をする。
僕のいるところではなるべく喧嘩をしないようにしているのはわかっている。それでも、もう限界に近いのだろう。朝も晩も、顔を合わせるたびに喧嘩している。理由はわからない。早く仲直りしてもらいたいものだ。
学校でも、生徒たちがよく喧嘩をしている。仲裁に入った先生同士が意見の食い違いで喧嘩になりそうになっていたりもしていた。
テレビをつければ政治家が言い争いをしたり、コメンテーター同士がツバを飛ばして意見をぶつけあっている。ニュース番組では隣国のミサイル実験や、中東での内戦や、米国の軍事介入やらと不穏なニュースを報じる。

僕のまわりでは、争いごとが絶えない。
そうだ、もっとみんな平和に暮らせないものなのだろうか。

僕は、願いが叶う、とされているノートにペンを走らせた。
「この世界から争いごとがなくなりますように」

書き終えると。
ノートはまぶしく輝きを放つ。
願いは、すぐに叶ったようだ。

この世から、僕以外誰も、いなくなってしまった。

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