だからわたしは本を読む

だからわたしは本を読む

書評的記録簿。

不定期掲載。

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【011】冬の鉄樹 遠田潤子

遠田潤子という作家をご存じだろうか?

ドストエフエフスキーや森鴎外の作品世界の「理不尽な何か」に惹かれて創作活動を始めたというだけあり、遠田潤子作品全体に共通しているのは「不条理」な世界。簡単にいうならば逆境をバネにする主人公たちが描かれることが多い。不条理な日常描写が秀逸で、その不条理さに嫌悪を覚えつつも読者たちは許容していく。なんでこんなに辛い思いをしなければいけないんだろうと主人公を思い、共に悩みながらも捲るページは止まらない。やがて、わずかな光を見つけ、その一筋の光明に向け物語は突き進んでいく。ストーリーテーリングに対する熱量と、詳細描写に長けており、作品発表ごとに熱狂的なファンを獲得していることだろう。

さて、そんな遠田潤子氏の作品だが、おすすめしたいのは「アンチェルの蝶」「オブリヴィオン」「冬雷」「ドライブインまほろば」あたり。ベースとして、幼い子供が登場するこが多いが、置かれている理不尽な生活環境は作品ごとに異なる。

あらすじ:
母は失踪。女の出入りが激しい「たらしの家」で祖父と父に育てられた庭師の雅雪は、両親を失った少年、遼平の世話をしてきた。しかし遼平の祖母は雅雪に冷たく当たり続ける。雅雪も、その理不尽な振る舞いに耐える。いったい何故なのか? そして14年前、雅雪が巻き込まれた事件の真相は? 耐え続ける男と少年の交流を軸に「償いと報い」を正面からとらえたサスペンス。

雪の鉄樹 (光文社文庫)

遠田潤子さん。
自分にとっては、新刊が待ち遠しい数少ない作家の一人です。

2019.09.22

【010】チェーン・ポイズン 本多孝好

=あらすじ=
「本当に死ぬ気なら、1年待ちませんか?1年頑張ったご褒美を差し上げます」

一年我慢すれば何の苦痛もない、煩わしさもない、一瞬で楽に眠るように死ねる手段をくれるとその人は言った。死への憧れを抱いていた
「私」にとって、それは決して悪い取引ではないように思われた。

人気絶頂のバイオリニスト如月俊、陰惨な事件の被害者家族である持田和夫、三十代のOL高野章子。この三人の自殺に奇妙な共通点を見つけた雑誌記者・原田は独自で事件を追い始める。やがてたどり着いた真相とは。

チェーン・ポイズン (講談社文庫)

物語は三十代OLの「私」が自殺するその日までを描く視点、かたや三人の自殺に共通点を見出した雑誌記者の原田の視点、この二つの視点で成り立っている。過去から現在までをさかのぼる女性と、現在から過去をあらう記者。

死ぬ決意をした女性の前に「死のセールスマン」が訪れる。言われるがままに、女性は自殺を一年待つことにする。保険に入り一年後に自殺することにしたのだ。しかも、一年我慢すれば何の苦痛もない、煩わしさもない、一瞬で楽に眠るように死ねる手段をご褒美にくれるというのだから。女性は、仕事を辞め、どういうわけか成り行きで養護施設でボランティアをすることになる。養護施設での園長、若い工藤、健気な少年少女に囲まれながらも、女性は死へのカウントダウンを始める。死へ向かっていたベクトルはそう簡単に生へは向かわない。その死への決意の固さは相当なものだった。

一方、記者原田は仕事でインタビューをした対象者二人がアルカロイド系服毒自殺をしたことで、三人目の自殺者高野章子へ興味を持ち出す。高野章子がどんな人間だったのか。そして、三人を探るうちに気づいた答えとは。「死のセールスマン」の尻尾はつかめるのか?

女性が、養護施設で働くうちに「生」への未練がじわじわと芽生えだす。その自然な描写が秀逸でした。せっかく「目的」「やり甲斐」そして何よりも「居場所」を見つけたのだから、死ぬのはよしなよと口出ししたくもなる。生へ向けて、背中を押してあげたくなる。そこまで感情移入させる、何かを、主人公の女性は持ってますね。

そして、トリックにより読者はおおいに騙される。
素晴らしい!

読後の清々しさも、なかなかのものです。

2019.08.30

【009】むらさきのスカートの女 今村夏子

手前味噌な自慢になるが、今村夏子が芥川賞をとるだろうと3年ぐらい前から予言していた。
ようやく本作で受賞に至ったが、これまでも「こちらあみ子」や「あひる」や「星の子」「父と私の桜尾通り商店街」など良作を連発してきている。
純文学なんでしょ? って思われがちだが、一筋縄ではいかない。
そんな生易しいものではない。

正直、みぞみぞすることの連続なのだ。

ゾワっとする。ぞくぞくする。ちょっとした違和感なのだろう。そのちょっとのズレ、違和感をを読者に感づかれないうちに許容させる。つまり異変や異常をじわじわと見せ付けて、読者の境界線を見事に曖昧にしていくとでもいおうか。そのやり口が天才的なのだ。気付いたら術中にまんまとはまっているのだ。

普通に考えておかしいことだったりする。親が新興宗教にドハマリしていて子供がそれに有無も言わさず付き合わされるとか(星の子)、一人の女をストーカーのごとく「私」が実況していくとか(むらさきのスカートの女)。「それ違うよ」とか「それダメだよ」って言うのは簡単なんだけど、そんなことを言わせる隙間も突っ込む暇もなく物語はたんたんと進む。なので、その不穏を許容して、いつしか共有して物語を読み進めていく羽目になるのだ。その感覚がとても気持ちがいい。

とにかく不穏だし普通じゃないのだが、読者にそれを許容させる手腕。
その、ズレっぷりがやみつきになる。
日常の不穏を描かせたらピカイチ。
だから、この人のファンをやめられない。

あらすじ
近所に住む「むらさきのスカートの女」と呼ばれる女性が気になって仕方のない〈わたし〉は、彼女と「ともだち」になるために、自分と同じ職場で彼女が働きだすよう誘導する。友だち作りの物語?

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女

ぜひ、感想を語り合おうじゃないか。

2019.8.21


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