【003】二度はゆけぬ町の地図 西村賢太【だからわたしは本を読む】

【003】二度はゆけぬ町の地図 西村賢太【だからわたしは本を読む】

【003】二度はゆけぬ町の地図 西村賢太

二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)

西村賢太氏の短編集である同作はタイトルがよい。いろいろな町の安アパートを移り歩いた作者ならではのタイトルだ。しかし、主人公の私生活を見せられて、こうまで最低な人間がいるのかと、思わざるを得ない。日銭で生計を立て、家賃をおさめられないのに、ビールを飲んだり性風俗へはお金を捻出してみせたり。挙句、家賃滞納で追い出されそうになる『潰走』では、老人の大家に対して逆ギレの発想。あくまで妄想の中でではあるが、孫娘にまで危害を加えようとする最低ぶり。こういう最底辺で酷い人間もいるのだな、といういい勉強になる。

『春は青いバスに乗って』での事件が起きるきっかけも然り。毎度のことながら、西村氏の描く主人公は自己中心的であり、気が短く手が早い。そして、胸倉をつかむタイミングや殴るポイントがまったく共感できない。いわゆる怒りの沸点が、自分とはかけ離れている。(自分も短気なんですけどね・・・)。もちろん個人差があり、おおいに共感する人もいるかもしれない。しかし、自分にとっては、「そこで手を出したらかっこ悪い」というどんぴしゃなタイミングだったりするのだ。つまり、かっこ悪くて、不器用に生きているその様が描写されているのだと思う。

『貧賽の沼』での付き合っていた女性にふられるあたりで噴出してくる醜い内面なども秀逸に描かれている。『腋臭風呂』では、刹那ではあるが潔癖に傾きかける心理描写が面白かった。性による連鎖を考えていけば行きつくはずの、当たり前のことを腋臭で考えさせられるというユーモア。

全作品ともに、めちゃくちゃな主人公の行いがゆえに、「二度はゆけぬ町」になっているのか、あるいは遠い昔のことすぎて「二度はゆけぬ町」の地図となっているのか。

芥川賞受賞作の「苦役列車」へつながってゆく短編作品だと思う。とにかく「最低」だ。その「最低」を「最高」へと昇華させられた作者にあっぱれ。

2016.06.20

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